吉葦有梨 よのなかのこといろいろ

よしとあし、ありとなし

第百五十七話目 安芸の宮島

うちは父の実家が佐賀だもんで、
山陽道は何度となく通ってるのだが、
いつも広島県は通り過ぎるだけだった。
幼いころ、自動車のなかで寝ている時につんつんと起こされて、
ねぼけまなこで見せられたのは原爆ドームであったが……
幼稚園児には意味がわかる訳もなく、でも印象深かった。


この五月の下旬に
ついに広島の地面に足を下ろしたのであった。


 北海道と青森は行ったことがない。
 あと栃木と茨城も東北本線でかすっただけ。
 ひょっとすると山口県も通り過ぎただけの可能性があるんだけど、
 私、「大きな太鼓橋のてっぺんまで渡ったもののその先の下りがこわくて、
 元に戻るにもやっぱり下りで立ち往生…」という夢を未だに時々見るので、
 錦帯橋には幼少時行ってるんじゃないかと思う。


原爆ドームとその周辺についてはまた書くとして、
安芸の宮島行ってきた。原爆ドームと宮島を結ぶ船があるのだ。


この船はなかなかよかった。
水上からみる原爆ドームは邪魔になるものがなくて立派だったし、
原爆投下の目印だったというT字型の相生橋の下をくぐり、海に向かう。
千鳥とカイツブリを見た。牡蛎の殻剥き工場とカキ殻を積んだ船も珍しかった。
広島ではまだ川が生きているんだなぁ。

上の黒いのが相生橋の裏側


大阪でも同じような船に乗ったこともあるが、
大阪では川との生活が一旦滅んだ後、
観光客目当てで復活させたような印象を受けた。


海に出ても瀬戸内はないでおり、
五月も下旬というのに黄砂がひどかったが、いい天気。


宮島に上陸してしばらく行くと鹿がいた。
奈良のと違ってちょっと小さい。
おまけに慎み深くておとなしい。
なでている人もいる。口蹄疫が発生してるのになでない方がいいと思うけど。
あなたが宮島の鹿への感染源になる可能性もないわけではないのだから*1


ちょうど引き潮で大鳥居の根元近くまで陸になってる。


そんな姿を写真に撮っていたら、夫において行かれた。
携帯電話というものもあるので、写真を優先することにした。


松の根元に妊娠中の鹿が横たわっている。
奈良公園では出産間近の鹿は隔離されるため、
そんなもの見たことがなかった私は
そこにしゃがみ込んで写真を撮ろうとした。
それほど近づいても宮島の鹿は悠々としている。


写真に鹿のお腹までいれようとしゃがんだ状態で
モニターをのぞき込みつつ体を前後させていたら、
肩にかけたカバンを後ろからいきなり力一杯ひっぱられた。


?夫か?ほっといてくれればいいのに…


ぐいぐいっ


それにしても乱暴な。
こんなことするのは昨日会場で久しぶりに会った先輩?
いい年をした私を未だにお嬢ちゃん扱いしてからかうのは
その人くらいしか思い当たらないのだが…。


と振り返ると…



なんと鹿がいた。


角のない若い牝鹿。
肩にかけたトートバックに顔を突っ込んで
さっきもらった江田島のチラシを口にくわえひっぱったのだ。


あんたねぇ、そんなもの食べたら体に悪いからやめなさいっ
とひっぱったがそいつはチラシを放さない。


鹿と私でしばらく引っ張り合っていたが、
とうとう鹿の口の形にチラシがちぎれた。


むしゃむしゃむしゃむしゃ


鹿はとうとうチラシを食べてしまった。


う〜ん、宮島でも鹿せんべいを売るべきではないか?

証拠写真を撮ろうとしたら「シカト」するその鹿
結局妊娠中の鹿の写真は取り損なったじゃないか、おいっ!


厳島神社はあいにくの引き潮でおもしろいけど仕掛けが全部見えてる感じで
バックステージツアーみたい、神秘性にはちょっと欠けるのだった。

満ち潮の時にまた来たい。


帰り道、鹿にチラシを食べさせながら、
写真のポーズを取る若い女性たちを見た。
やっぱり宮島にも鹿せんべいは必要だと思うよ。

*1:その後上陸時に消毒マットを踏んでもらう処置がとられたらしい。奈良はお手上げだそうな