吉葦有梨 よのなかのこといろいろ

よしとあし、ありとなし

百三十話目 そのこはたち

その子二十櫛に流るる黒髪のおごりの春の美しきかな
                     与謝野晶子

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うちの母が私が十八歳の頃、私の髪を見てそうため息をついた。
当時私は肩までのおかっぱにしていた。硬く太い髪だった。
その頃の母は今の私よりずっと若いが、
髪の毛の減り方に老いを感じていたらしい。
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 冒頭の歌、母は、
 与謝野晶子が自分の娘の髪を見て詠んだ歌だと思ったそうな。
 これは『みだれ髪』の有名な歌だよね。
 「その子二十」ってのは当然晶子本人だ。
 そのナルシズムに母は当てられ、参ったんだって。
 『みだれ髪』ってのは全編そういう歌ばっかりだけどね。
 今でもびっくりなんだから、明治時代はいかばかりか…。
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今、長女がもうすぐ二十歳。
彼女は七歳の七五三の時、
伝統結髪師(舞妓さんなんかの頭が結える人らしい)の美容師さんから、
「この人の髪は日本髪に理想の髪、細くて腰が強くて量が多い」と言われた。
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背中の真ん中くらいまで伸ばした髪、
「髪洗ったら体重だいぶ増えるよね」と美容師さんも言うそうな。
頭のてっぺんに作ったお団子は直径二十センチほどにもなり、
バイトでレジ打ちをしていたら、
「その髪は地毛ですか?」と二度も尋ねられたそうである。
そのおばさんたちも「おごりの春の美しきかな」と思ったんだろう。
私も彼女が帰ってきて髷をほどいた髪の奔流にはため息をついた。
 毛はまぁそれほど減ってないけど、白髪がひどいんです、私は。
 某宮様とはりあえると思うわ、染めなかったら。
 佐伯チズさんがまだ六十代だったのに驚いたので、
 お肌磨いても髪が白いと老けてみられるのね、
 一生染めていようと思った私……。
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そんな髪だが、彼女はシャンプーとドライヤーが
あまりにも大変だと、肩までに切ってしまった。
パーマも当てたのでなんだかスパニエル犬ぽくなった。
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あの「黒髪のおごりの春の美しきかな」は写真に残しておけばよかった。
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