吉葦有梨 よのなかのこといろいろ

よしとあし、ありとなし

第百六十四話目 ツクツクボウシ

地蔵盆が過ぎても気温が下がるきざしもない。


「暑いですねぇ」
「いつまで続くんでしょうねぇ」
と言い合っていると
「でもね、もう蝉は鳴いてないよ」
と言う人がいた。


確かに表のケヤキ並木、
ついこの間までクマゼミがうるさく鳴いていたはずだが、
今はひっそりしている。
今年の蝉はすべて羽化して死に絶えてしまったということか。


この並木ではツクツクボウシの声は聞いたことがないなぁ。
奈良の自宅では普通の年ならツクツクボウシが鳴き始めるはずなのだが…。


次女の幼なじみがお盆に田舎でなくなったので、
八月二十五日はお別れの会だった。
マンションの集会室でご遺族が控えているところを
三々五々弔問客が訪れることになるが、
ご遺族も疲れるんじゃないかと思う。
次女を送っていってマンションの前で待っていると
建物の陰の木からツクツクボウシの声が聞こえた。
この夏初めてのツクツクボウシだった。


さびしい声だった。



それから二日後の明け方、蝉の声で目を覚ました。


ほぉうし ほぉうし ほぉうし


羽化したてなのか後半しかない。
よくウグイスが春先練習しているが蝉も練習するんだ。
ガンバレガンバレガンバレ。


いつの間にか眠ってしまったが、
朝には一人前のツクツクボウシになっていた。
次の日にはどっかに行ってしまった。
どこかへ飛んでいって雌の蝉と出会ったかな。
短い生を精一杯生きよ。
まだつぼみの内に散った少年の分も。


wikipedia:ツクツクボウシ